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風の中で

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天津の春は突然やってくる。

明るい日差しに、木々の薄く緑が見える頃、数々の花が一斉にひらく。
人々は厚い外套を脱ぎ、明るい色の服装が街を行き交う。
柔らかい風が通り過ぎていく。
冬の間、固い氷に覆われていた「海河」にも釣り人が並び、日向ぼっこを楽しむかのように見える。
同行の学生がいう「中国に来たって感じじゃないな、ヨーロッパの都市風景だ」
「海河」は天津の中央を流れる河だ。天津市民が愛して止まない周恩来夫妻のお骨を、少しずつ川底に納めながら、海へと送った河だ。
訪中学生の胸中には報道で時折見る、山水画調の枯れた風景があったのだろう。
一昨年までは土の、いわゆる土手続きの風景が続き、河面は土色の水に濃緑色の藻に覆われ、流れている様子は見ることが出来なかった。
叙情的な思いに浸っていると、通訳のKさんが「英国から技師を招き、テームズ河を模範にして設計したのです」という。
北京オリンピックを控え、サッカーの予選を行う天津市は、2007年までに都市の一大改革に取り組んでいるのだ。
生活は日々近代化され、市民生活は清潔に、豊かになっていく。
「旅人は叙情を求め住民は文明を求める、風景はそのせめぎあいに連れて変わっていくのさ」私のつぶやきは、一颯の風が河面へ方へ運んで行った。

私は中国が好きだ、私は天津が好きだ、中国各地を数十回訪問し、訪中と言えば今は天津を訪れるだけになった。
中国の中では歴史的名勝も少ないこの都市の、何に惹かれているのだろうか…
自問しながら歩く私はKさんの声で我に返る。
「先生、天津凧です」見上げると鷹の形をした凧が幾つも舞っている。

河原に下り、凧を操る人に見入っていると、笑いながら糸巻きを差し出して来た。
「貸してあげると言っているよ、先生やって御覧なさい」
揚がって行く凧の手応えは素晴らしい、風を掴んだ心持だ、嬉しかった。
凧の持ち主は親指を天に向かって立て、素晴らしい満面の笑顔で頷いてくれた。

天津の街が好きだ、天津の人々が好きだ、天津人の素朴な優しさが好きだ、人情が好きだ。そして、天津の街を渡って行く風が好きだ。
そうか、私の天津好きは、素晴らしい人々との出会いにあったのだ。
永六輔氏の言葉を拝借すれば、この都市において「嫌いな人に逢ったことが無い」からだったのだ。
凧が大きく風に揺らぎ、私の体の中を暖かく柔らかい風が吹き抜けていった。

天津の春は突然やってくる。

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